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高倉健「少年時代」

「僕は小学校を二回転校した。
最初は二年生のとき、肺侵潤(はいしんじゅん)で中間小学校を一年休学。
復学の際、本城小学校に転校した。
二度目は戦争が始まった四年生のとき、疎開して香月町・池田小学校に通うことになった。
早く学校に溶け込み友だちを作りたい。
本城小学校時代に起こした『枇杷事件』には、そんな気持ちが含まれていた。
悪ガキたちに誘われるまま、近所の果樹園に忍び込んだ。
枇杷を盗むためだ。
『僕が登って、投げるけん。』
そう言って僕は木によじ登った。
危険な役を率先して買って出たのは、早く仲間として認めてもらいたかったからだ。」

そして、管理人がやってきて、悪ガキたちは逃げる。
木の上にいて取り残された小田少年はつかまってしまう。
校長先生に正座させられ、だれだれが一緒だったか白状しろと迫られる。
けれど、ともだちの名前は決して口にしなかった、、、

すでにこのころから筋がねいりの男だったんだね。

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